2つのミニ・ドラゴン 3
返還後の香港のいわばミニ憲法となる「香港特別基本法」は、90年4月に制定されました。
ここで決まったルールに従い、香港はいま返還「移行期」と呼ばれます。
「97列車」は香港市民580万人と香港の経済的繁栄を乗せて、すでに走りはじめているのです。
このままスムーズに中国側まで走らなければなりません。
しかし、ここにきて列車の車輪からは不快なきしみ音が響き、その走りもどことなくぎこちなさが目立つようになりました。
その歯車が噛み合わなくなったのは、天安門事件以降のことです。
「香港新空港計画」が発表されたのは、天安門事件の記憶もまだ生々しい1989年10月。
香港政庁はこの計画を「港湾空港発展戦略(PADS)」という野心的な名前で呼び、新聞はときに「政魂園(ローズ・ガーデン)」計画と名づけました。
その呼び名のとおり、空港だけでなく港湾を含め、交通・貿易の要衝としての香港の総合的な再開発プラン、まさに「バラの園」の未来を描く都市づくり構想でした。




